Little Curly

サークルLittle Curly/詠野万知子のBLOGです。
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# 【再録】C91発行/姫恋*シュクレーヌ!二次創作「Story For Girl」

本を出したっきりになっていた原稿を発掘したのでWEBにも掲載します。

 

※こちらは2016年に詠野がシナリオを担当させていただいた「姫恋*シュクレーヌ!」という美少女ゲームに登場するモブキャラクター「少女D」と「少女E」に関する二次創作になります。
公式とは一切関係ありません。IFとしてお楽しみください。
ゲーム本編を知らない人にも読めるお話ですが、これを機にゲームのことも知って頂けたら嬉しいです。

 

姫恋*シュクレーヌ!

 

これは「めでたしめでたし」の裏側の物語。

 


 
 お姫さまと王子さまは結ばれて、末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
 ――そしてお姫さまにひそかに恋心を抱いていた誰かさんは、傷心の涙に暮れるのでした。

 

 

 何の話かって言うと、私の友達の堂崎美幸の話。
 堂崎美幸の失恋の話。

 

+*+

 

 私たちの通う宝森学園では、春先に一瞬、へんなおまじないが流行った。旧校舎の廊下に飾ってある古い大きな鏡に願掛けをすること。
 私の友達、堂崎美幸も、おまじないを試した。
 何故知っているかというと、私も彼女に付き合わされたからだ。
 あれは、まだGWに入る前。
 新学期を迎え、クラス替えを経て、今年も同じクラスになったことをお互いに喜んで、そのあと「もう飽きたよーっ」て嘆いて笑った日のことだ。
 宝森学園は、エスカレータ式の私立学園。
 私たちは中学1年生から、もう4年ものあいだ、同じクラスに在籍している。
 堂崎美幸(どうざきみゆき)。榎本千夏(えのもとちなつ)。
 お互いの名前を見つけて、「またか」と言ってはしゃぐ。
 人数がそう多くないとはいえ、連続して絶え間なく同じクラスに割り振られることは、そうそうない。
「これは運命だね」
 とロマンチックなことを言う美幸へ、
「腐れ縁ってやつでしょ」
 って答えた。
 でも内心で、私も思っていたのだ。
 運命かもね、って。
「運命と言えば。ねえ千夏知ってる? 鏡姫のおとぎ話」
「知ってる。遠距離恋愛の話だっけ。魔法の鏡を通じて、デートしてたって話だよね」
「そう。鏡が、今で言うテレビ電話の役割をしてるやつ」
「今でもテレビ電話って言う? ビデオ通話ってやつ?」
「なんでもいいけど。結局悲恋で終わっちゃう、悲しいお姫さまの童話」
「うん。それがどうしたの」
「今ね、キャンペーン中なんだって」
「はあ? 何の?」
「なんかね、大鏡に願いをかけると、鏡姫が叶えてくれるんだって」
「大鏡って――」
 旧校舎の通路に、昔の学園長が揃えたコレクションが飾ってある。全部、童話のお姫様にちなんだアンティークだ。
 大鏡も、確かどこぞのマイナーな童話に由来するアイテムだったとか、なんとか。
「なんで鏡姫が、異国の見知らぬ庶民の願いを叶えてくれるの? あれって、どこかの外国から運んできたアンティークでしょ?」
「姫は寛大なんだよ。咲耶先輩みたいに、親切で美しい心を持っているの!」
 出た。
 咲耶先輩だ。
 望月咲耶。二年生。
 この学園の生徒会長。
 その上、望月製薬の社長令嬢であらせられる。
 堂崎美幸の口からは、彼女の名前がよく飛び出す。
 咲耶先輩がどこで何した、何を食べてた、何を身につけてた、こんな発言をした。
 咲耶先輩の髪が長いから、美幸も髪を伸ばした。
 咲耶先輩が髪にリボンをつけたら、美幸も似たようなリボンをつけた。
 咲耶先輩の愛用するシャンプーを割り出して真似した。
 咲耶先輩がどんな本を読むのか知りたいという理由で、美幸は図書委員だ。
 咲耶先輩に貸し出した図書は、必ず美幸が次の貸し出し予約を入れた。
 ご熱心なことである。
 宝森は数年前に共学制に変わったけれど、移行は順調とは言えず、実態としては女子校のままだ。
 時々、何かの間違いみたいに男子生徒がまぎれている様子には、いつも不思議な気持ちになる。
 今年も珍しく一人だけ男子が入学してきたらしいけれど。
 直の接点を持たない生徒たちは、そんな生徒の存在はなかったかのように生活していた。
 私たちの2年C組も、クラス女子率百パーセント。
 平和で何よりだ――というわけで、実態上の女子校である宝森学園では、美幸のように同性の先輩にお熱を上げる生徒は珍しくない。
 そして、その対象が望月咲耶であるというのも、ありふれたことだ。
 美幸は、私と友達になったときにはすでに、その心を咲耶先輩に奪われていた。
 まず、パンフレットの制服モデルが彼女だった。
 独特のかわいい制服を完璧に着こなした女の子。
 背も高く、スタイルも良く、そのうえ品も良く、愛想が良い。
 何せ育ちが良い。家柄は人柄を育てる。
 生まれながらに恵まれたお姫様。
 宝森学園のかぐや姫。
 それこそが、生徒会長・望月咲耶という女性。
「あたしね……大鏡に、おまじない、しようと思うの」
「はあ。で、それってどんなの?」
「大鏡に願掛けをする!」
「ありがちなやつねー。で、何を願うの?」
「……秘密」
「当ててみようか。咲耶先輩のことでしょ」
「ちっ、千夏っ! だめっ、しーっ!」
「ばかみたい。そんなの、隠すまでもなくばればれじゃん、あほらし」
「ばかとあほ、両方使うのは反則だよ……」
「ま、先生に叱られない範囲で好きにやればー?」
「そのことで、千夏にお願いがあるのっ!」
「お願いごとは、大鏡に願うんでしょ?」
「千夏ぅう」
 甘えた声で私を呼ぶ。
 美幸はずるい女の子だ。
 背は低いし、鼻も低いし、でも顔は小さくて、撫肩が華奢で小柄な印象がかわいらしい。
 咲耶先輩の真似をして伸ばした黒髪は、残念ながら先輩のようにまっすぐ伸びずに、ふんわりと波打っている。
 でも、その豊かな髪は宝森の赤い制服と絶妙にマッチしていて、美幸の存在を際立てていることに、彼女は少しも気づかない。
 咲耶先輩ほどの美人というわけではないにしろ、美幸も美幸で、可愛いんだ。
 場の空気に合わせて、私も一緒になって咲耶先輩のことで騒ぐことがあるけれど、内心では『美幸のほうが好みだけどね』って思ってる。
 だから呆れながらも、彼女のお願いを聞きたくなってしまう。可愛く生まれた女の子は、得だなあ。
「で、お願いって何? 鏡姫じゃないけど、千夏姫が叶えてあげようじゃないか、出来る範囲で」
「うんうん! あのね、おまじない、一緒に来てほしいの」
「なんだそんなこと。すぐそこじゃん、べつにいいよ」
「やったあ! 決まりね。千夏好きーっ、愛してる!」
「はいはい、私も愛してるよ美幸」
「うん。じゃあ、今夜十一時――四〇分くらいに、部屋に行くからね。起きて待っててね」
「ん? は? え?」
「おまじない、深夜0時じゃないと効果ないんだって!」
「えぇ……? わざわざ夜行くの? 放課後寄ってくだけでよくない〜?」
「だ〜め! おまじないは、手順通りにやらないと、逆に不幸になるかもしれないんだよっ!」
「うそでしょ……」
「あっ、先生きた! またあとでね千夏っ。あとで今夜の下見に行こうねっ!」
「下見って……わざわざぁ……?」
 チャイムが鳴ると、みんな一斉に、条件反射みたいに着席する。
 振り返ると、二つ隣の列の斜め後ろの席で、美幸が私に向かってサムズアップをしてみせた。
 何の合図だよ。全然わからないぞ、美幸め。

 


 本当は午前0時に実行しないといけないんだけど、もちろんそんな時間に学園に入れっこない。
 だから、みんなぎりぎりまでいられる一番遅い時間まで頑張って粘って、ひっそり願掛けをした。
 寮生でも、門限は二〇時だ。
 おまじないに定められた時間まで、四時間も早い。
 まあ、本心から信じていたわけでもないし、ちょっとしたお遊びだし、気分だけね。
 そんな調子で、めいめいに好き勝手な願い事をするのが流行っていたらしい。私の知らないうちに。
 ところが、私の友達、堂崎美幸はガチだった。
 ガチの午前0時を狙って、ここへ来た。
「夜の学園ってやっぱり不気味だね。ただでさえ旧校舎って陰気な感じだし」
「日当たり悪いからね。だから、コレクションを飾ってるんだよね。直射日光だと痛んじゃうもんね」
 意外にも、美幸は怯えていない様子だ。
 むしろ、興味深そうにコレクションの入ったケースを除きながら歩いていく。
 灯りは手元のスマートフォンのみ。
 深い影の向こうに今しもこの世ならざる者とか、警備員さんとかが現れそうな気がしてドキドキする。
「美幸、意外と肝据わってんなぁ」
「千夏は怖いの? やだー、かわいい」
「うるさいな。こういうとき怖がっといたほうが、ウケがいいよ」
「ウケを取りたい相手なんか、この学園にいないでしょー」
「まあ、それもそうだね」
 異性の存在は、この学園では本当に希薄だ。
 教員だって、OGが多いし、殆どが女性。
 寮生活で休日も学園で過ごしていると、この世には男性なんて居ないんじゃないかって錯覚するくらいだ。だから、今までは、男性のことなんて話題にも上らなかったのに。
 今日みたいに、異性を意識した言葉が思わず口をつく。
 それは、やっぱり今年入学してきた男の子のことが無視できないからなのだと思う。
 怖いなあ。少し、不安だ。今までここには、単一の種族しかいない守られた世界だったのに。
 そこに現われた異物が、私たちの常識や平和を乱して、台無しにしてしまうかもしれない。
 例えば、どうしよう?
 美幸が、男の子に恋しちゃったら。
 咲耶先輩じゃなくて、例えば新入生の男の子を追いかけるようになったりしたら。
 私、多分、すごく……いやだな。
「あった、ここだ。鏡……ひゃっ」
 大鏡にかざしたスマートフォンのライトが反射して、私たちの視界を塞ぐ。
 美幸は慌てて手を下げて、改めて鏡に向かい合った。
 パジャマ姿の、美幸と私。
 美幸は髪の毛をゆるい三つ編みに結んで垂らしている。
 私はとくに手入れもしていないショートカット。
 背も高いし、こうして暗い中で並ぶと、美幸とはカップルみたいに見えないこともない。
 そう認めると、己の女子ならぬ背の高さと胸の薄さに恨みを覚えないでもないが。
 でも、二人で並んだときのアンバランスゆえのコンビ感は、なかなか気に入っている。
 並ぶ美幸の表情は真剣そのもの。
 スマホをポケットにしまい、神妙な眼差しを鏡に映る己に向けている。
「それで、美幸。このあとどーするの?」
「あのね、鏡にそっと触れて……お願いごとを、念じるの。千夏もするでしょ?」
「え? ああ――そうね、せっかくだしなんか願っとこうかな。成績アップとか?」
「そんなこと? 自分の努力次第でどうにかなることに魔法は必要ないんじゃないの〜?」
「それを言えるのは勉強のできるいい子ちゃんだけだねえ。私は神頼みじゃないと無理無理」
 鏡に映った私が軽薄に笑ってる。
 美幸はまだ生真面目な顔して鏡を見ている。
 願い事が叶うことを、心から願う顔。
 そんなに大事な願い事を、胸に抱えてここまで来たの?
 本当は、私も願い事を考えてきた。
「あ、0時になる……千夏、始めよう」
「うん」
 私たちは、鏡に触れていない手を、自然と繋いでいた。
 目を閉じて、鏡に向かって、願い事を思い浮かべる。
 美幸。
 私も願い事を考えてきたよ。
 ――美幸の願い事が、叶いますように。

 

+*+

 

 季節が巡り、秋が来た。
 その間、美幸は少しでも咲耶先輩のお傍にいるためにと文化祭実行委員会に参加して、咲耶先輩と過ごす時間を以前よりも確保できた興奮に日々浮かれていた。
 咲耶先輩は、その間にも何度か他校の男子学生に交際を申し込まれ、きっぱりとお断りをして、ファンの一同を安心させてくれた。
 しかし。
 どういうわけだろう。
 文化祭が終わり、間もない頃。
 今年入学して来た男子学生と咲耶先輩が、ともに過ごす姿を度々目撃するようになった。
 朝、通学路で。
 昼休み、中庭で。
 放課後、生徒会室近くで。
 非常に仲睦ましげに。
 とても幸せそうに。
 最初は控え目だった交流は、日増しに遠慮がなくなっていき、ついには庭で膝枕をしている姿を見せるようにまでなった。
 つまり、二人は交際していることを隠さなくなった。
 一体いつからそんな関係だったのか。
 わたしはずっと、美幸のことが心配だった。
 恋焦がれ、追いかけ続けた咲耶先輩が、どこの馬の骨とも知らぬ異性に奪われてしまって――って、別に咲耶先輩が美幸と個人的な交流を持ったことは一度もないのだけれど。あくまでずっと、遠くから、一後輩として、咲耶先輩を慕っていただけで。
 恋人と一緒にいる咲耶先輩は、以前よりもずっと綺麗で、温かい。
 今までは少し冷たい雰囲気があったのに、もうすっかり溶けてしまったみたいだ。
 そのせいか、以前よりも話しかけやすくなった、という評判を聞く。でも、咲耶先輩は最近ずっと彼氏と一緒にいるから、みんな気を使って邪魔しないようにしていた。
 学園公認カップルみたいな扱いだ。
 見守るというか、観察するというか。
 学園の姫に、王子ができた。
 となると、二人がお揃いの場面というのは、むしろ有難い光景のように思えるのかもしれない。
 そんな尊い一時を邪魔しようとしているのが、堂崎美幸だった。その無粋に同行するのが、私、榎本千夏だ。
 私と手を繋いで、美幸がとぼとぼ歩いている。
「なんか、ずっとこうなる気がしてたんだ」
 俯いているせいで、美幸の声は真下に落ちる。
「なにが?」
「咲耶先輩と、柏木君」
 と、美幸が呼ぶのは学園に入学してきた男子の名前。
「交際するって、わかってたの、美幸?」
「うん。文化祭実行委員にいたから。なんか、親しそうで」
「その頃から付き合ってたのかなあ」
「それは、わかんないけど……でもさ、咲耶先輩は、この学園でいっちばん魅力的な女の子だもん。恋に落ちちゃうの分かるよ、むしろ落ちないほうがおかしくない?」
「なにが言いたいんだよ、美幸」
「んーとね……いいなあ、って話。おとぎ話みたいで素敵だなーって。お姫さまと王子さまが結ばれて、末永く幸せに暮らすってやつ」
「美幸は、咲耶先輩の王子さまになりたかった?」
「女の子になんてこと言うんだ、千夏は」
「じゃあ、咲耶先輩が美幸の王子さまだったの?」
「それはそれで惹かれるものはあるけど、違うでしょ」
 男装の咲耶先輩の姿を思い浮かべる。
 案外ハマるかもしれない。もっと人気が出ちゃいそうだ。
「世の中にそう何人もお姫様なんかいないんだよ。咲耶先輩がお姫さまなら、あたしは村娘A。下女B。通行人C。もっとプレーンに、女子D」
「堂崎美幸は女子Dか。じゃあ私は女子E」
「ん……。もう、いいんだ。ただ、寂しいだけなんだ。あたしたちみんなのお姫さまだったの。ただでさえ手の届かない存在だった、憧れの人だった。なのに、恋人まで出来ちゃってさ……。もっと、遠くなっちゃったんだよ」
「恋人が出来たら、遠くなっちゃう?」
「だって。人を好きになること、全然分からないもん。憧れじゃなくて、尊敬じゃなくて、愛するってことを、咲耶先輩はもう知ってるんだよ? わたしが、咲耶先輩に向ける『好き』とは、やっぱり全然違うよ」
「……これ、エッチな話題に繋がる?」
「つ、つながんないよ。何考えてるの千夏。ばか。エッチ」
「なんだ、そういうハードルの話をしてるのかと思った」
「してないっ。恋心に悩む乙女心の話だったのに、すぐ下ネタに結び付けて。千夏、卒業したあと困るよ」
「お互い様だね。免疫ない美幸のほうが、卒業したあと困るんだ」
「いいもん。あたし、あの本で勉強するんだから」
 あの本というのは、文化祭で販売された異性に関するハウツーブックだ。
 学園内の男子学生を観察した記録だという。
 そんなものがこの先どう役に立つのか分からないが。
 でも、適度に異性の現実を知り、予め幻滅しておくことで軽減できるショックもあるのかもしれない。
「あ。居るじゃん、咲耶先輩」
 中庭の大きな木の下。
 木陰の中で、彼氏を膝枕する、リア充全開の咲耶先輩。
 まさか在学中に先輩のこんな姿を見られるなんてなあ、と感慨深くなってしまう。
 ここまで来た美幸の目的は、区切りをつけることだ。
 咲耶先輩を憧れ追いかける『ごっこ』の恋愛にエンドマークを記すこと。
 そのための通過儀礼。
 ボタンをもらうのでもいい、リボンをもらうのでもいい。
 いっそ、何ももらわなくてもいい。
 ここで、経験すること。
 咲耶先輩に、面と向かって想いを告げること。
 ――美幸は、咲耶先輩に、サインをねだった。
 咲耶先輩は、ベテランの芸能人も顔負けの愛想のよさで、快く応じてくれた。
 咲耶先輩のサインは、署名と言ったほうがふさわしい、美しく整った文字で書かれていた。

 

+*+

 

 意気消沈する美幸を連れて、私の部屋に来た。
 美幸はさっきからずっとべそをかいている。
 汚してはいけないからとサインを入れてもらったパンフレットは私が代わりに持っている。
 椅子に座らせ、紅茶を出して、美幸が落ち着くまで待つのも退屈なので、懐かしいパンフレットを開いた。
 去年の入学希望者に配られた、学園の案内や紹介を記したものだ。中学から学園にいる私たちに知らない情報は載っていない。だけど、咲耶先輩のピンナップが欲しくて、みんな貰ってきてしまうのだ。
 ページを開くと、制服を着こなした咲耶先輩も掲載されている。まだ今よりも幼さが残る、あどけない立ち姿。
 懐かしくてつい笑ってしまう。
 部屋は静かだった。
 もう、美幸が鼻をすする音も聞こえない。
 気持ちは落ち着いただろうか。
「そういえばさ、美幸はどんな願い事をしたの?」
「――大鏡のおまじない?」
「そう。咲耶先輩のこと、願ったんでしょ? 叶ったの?」
「ん……。千夏は、どう思う?」
「え。質問返し?」
 うーん、と私は唸ってみせる。
 でも、聞かれた瞬間から答えは決まっていた。
 美幸の願いは、叶わなかったに違いない。
 だって、それならこんなに泣くものだろうか。
 あんなに落ち込み、しょぼくれるだろうか。
 ああ、そうか。美幸はそこまで、咲耶先輩のことを本気で想っていたんだな――。
 なんだか遠く感じてしまう。
 なるほど、美幸が言ってたのはこういうことか。
「やっぱり、おまじないなんてさ。気休めでしょ。叶うわけないって」
 自分にも用意した紅茶をあおる。
 美幸はカップの取手に指を触れたまま、ぼんやりと褐色の小さな泉を眺めていた。
「願い事は、叶ったよ」
「え。うそ。じゃあ、美幸の願い事って、咲耶先輩に彼氏ができますようにってこと?」
「そうじゃないけど……。咲耶先輩が、幸せになりますようにって願ったの」
「へえ……?」
「私ね、ずっと咲耶先輩のこと見てた。憧れて追いかけてた。でもね、追いかけてるうちに気づいたの。咲耶先輩って、時々すっごく寂しそうなの。でも、すぐに無理して頑張っちゃうの。気づいたところで、私が何かできるわけもないじゃない? 励ましたって、追い詰めちゃうだけだと思った。下級生なんかに弱音を吐く人じゃないって知ってた。気づいたってことに気づかれたら、傷つけちゃうって思った……」
「だから、おまじない?」
 美幸がはっきり頷いた。その拍子に、まだ目尻に残っていた涙がぽろっとこぼれる。
「さっき、咲耶先輩はとても幸せそうだったから……胸が一杯で、泣けちゃった。なんだか、すごく素敵だったの。偶然に決まってるのに、その偶然が嬉しいの。おまじないが、魔法が、実在したみたいで楽しいの」
「それはずいぶん……ロマンチストだねえ、美幸は」
「いーの。別にいいの。勝手に思い込んでるだけでもっ」
 美幸は素直に信じている。
 そうと分かる穏やかな調子だった。
「代わりに教えてよ。千夏は? 大鏡のおまじない、願い事したんでしょ?」
「私は……」
 私も、願った。
 美幸の願い事が叶いますように、って。
 ということはつまり、私は知らぬうちに、咲耶先輩の幸福を願っていたというわけだ……。
 不本意ながらに。
「(ぜったい幸せになるに決まってるじゃん、あんな女!)」
 放っておいたって、咲耶先輩ほどの人なら勝手に幸せを掴むだろうに。なにが悲しくて女子D&Eたる私たちが姫の幸福を願わなきゃならないのか。
「(でもまあ、姫ってそういう存在かぁ)」
 慕われるから姫なのだ。
 私たちが願わなくとも、第二第三のファンが現れ、彼女の幸せを願ったに違いない。
「ねー、教えてよ千夏。そんなに恥ずかしいこと願ったの? 胸のサイズ?」
「ちっ、ちっげーよ! あーもう絶対言わない、もうぜーったい教えてやらないからねっ」
「えーっ。ちょっとしたジョークじゃん、イッツ美幸ジョークじゃん。教えてよー、ねえ教えてよー」
「やだね。ぜったいやだね」
 美幸にがくがく揺すられながらも屈せずに紅茶を飲んだ。
「あ、そうだ。願い事が叶ったならさ、次の願い事をしに行こうよ」
「次?」
「そっ。今度こそ、美幸は自分のための願い事をするの」
「えーっ。そしたら、千夏がどんな願い事をしたのか教えてくださいってお願いするよ」
「いいけど、私は美幸には絶対バレませんようにって願うからね」
「うぅ、ずるい。千夏に勝てるお願い事考えなきゃ。じゃあ、あとで迎えに来るからね。起きて待っててね」
「はいはい。時間は、十一時四〇分?」
「うん! それじゃ、またあとでね!」
 すっかり元気を取り戻して、美幸が部屋を出て行く。
 駆け足の足音が、通路の向こうへ遠ざかる。
 おまじない、リベンジ、か。
 ――今度は私も、自分のために願おうかな。
 でもそれは、結局、お姫さまじゃないあの子のための願い事になるんだろうな。

 

<おしまい>

 

 

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